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消えぬエネルギー

先日、WILD FLAGのライブがあった。強く刻まれる忘れられないライブの一つとなった。来てくれた皆さんありがとう。楽しかったです。なのでここで一つWILD FLAGの結成当時の話を少しばかりお礼の意を込めて・・。m(__)m
当時、俺はちょっとそこらに居ない程血気盛ん、野心溢れる20才、大学に受かり上京し満園三兄弟で東京都東村山市秋津5丁目に2DKのアパートを借りて暮らしていた。英二は隣町、清瀬市の大学に通い。俺は通学に二時間かかる越谷の先のせんげん台のそのまた先の大正大学に通っていた。英二は隣町で至近、俺は二時間?!兄の権限も有るが英二の所属する軽音楽部が朝から晩まで音だし可能でそれはそれは自由&便利でいつもいつもプレイしてた。
英二のバンドは英二が研究、模索した和太鼓のビートを主軸に長兄、太がリフを形成するかなりエキセントリックなバンド『JAPONA』(ヤポナ)で歯軋りする程格好良かった。俺のバンドは英二の同級生がギターボーカルを担当し一緒に上京した同輩がドラムスのトリオ形態でPOLICEをハードにしたようなバンド『DOBLE MAN』と言った。
両バンドともコンテスト等で好評価。しかしヤポナの方が二三枚うわ手で破竹の勢いでコンテストを登り詰めていった。英二はそのコンテストの頂点でベストプレイヤー賞をとった。俺も観ていたがそれは凄まじく周りを圧倒するプレイだった。そのプレイを審査員だった恭司さんに見初められた。場所は中野サンプラザ。俺は観戦者だった。英二は演奏者、恭司さんは審査員。初めて三人、共にした空間だった。
俺はその頃「英二は絶対にもっと上に行く・・。」と思っていた。半端じゃない練習量と、探求心、金も時間もガンガン音楽に注ぎ込んでいた。俺も負けじと毎日「プロになる!」宣言をしていた。やる気と元気は見上げたものだったと思う。 英二は遠い存在だった恭司さんについにセッションに誘われ「いいベース居ない?」と言われた時、何人か居るうちから俺を誘ってくれた。やる気だけの俺だった。
セッションは日をあけて二回行われて連絡待ちと言う事になった。「これはえらい事だ・・どうなるか・・?色んな事が変わっちゃうかも・・」とドキドキ暮らしていたら恭司さんから英二に電話が来た。「次はセッションじゃなく飲みながら話そうか。」と言われて二人でどんな話に成るのか考えながら渋谷の小料理屋に向かった。
VOW WOWを終えて正式にニューバンドを結成する話だった。二人そろって誘ってもらった。英二も俺も自分のバンドやその仲間達との葛藤が物凄く有ったが、その話に血が逆流するほど興奮した。結果、興奮の制御など出来ない俺はヘロヘロと酔っ払ってしまいグロッキー・・。「ご馳走様でした!」と恭司さんを見送ったのは覚えている。その後二人で山の手線に乗り、忘れられないのは乗り換えの池袋駅構内で、丸ノ内線改札の手摺りにヘロヘロのまま飛び乗り「俺の兄貴はスゴいんすよ!!」と道行く人、階段を上り下りする人に高々と自慢しまくった事です。英二に「お前、落ちるぞ!!」と引きずり降ろされ。二人そろって西武池袋線でかえったな・・。
駆け出しはこんな感じでした・・。(^ .^)y-~~~
ここから怒濤の練習の日々・・スゴい事がいっぱあったな・・。またそれも書きます。
ライブ来てくれてありがとう。次はいつになるか??お楽しみに・・。

庄 05・7・31から8・4正午頃